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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)15727号 判決

原告

木村ミヨ子

被告

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、四〇〇四万四六一九円及びこれに対する昭和六〇年六月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外木村和夫(以下「和夫」という。)は、昭和六〇年六月二七日、自動二輪車(相模ふ一四〇八、以下「被害車」という。)を運転して神奈川県足柄上郡松田町寄一番地先国道二四六号線(以下右現場を「本件事故現場」、右道路を「本件道路」という。)を松田方向から秦野方向に向かつて進行中、本件事故現場の路上に転倒して訴外清水正彰(以下「清水」という。)運転の三・五トントラック作業装置付大型貨物自動車(三七―一〇〇六、以下「加害車」という。)に轢過され、同日、骨盤骨折、横隔膜断裂による腹腔内出血により死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

被告は、加害車を所有し、これを清水に使用させていたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、加害車の保有者として本件事故による人身損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 治療費 三五万七六七五円

(二) 葬儀費用 四三万六五〇〇円

(三) 逸失利益 二二七五万〇四四四円

和夫の昭和五九年七月分から昭和六〇年六月分までの給料、賞与の合計は二五五万九九六九円であつたところ、同人は死亡当時二二歳であり、経験則によれば平均余命の範囲内で六七歳に達するまでの今後四五年間就労して右金額を下らない年間収入を得ることができたものと推認できるから、生活費として右収入の五〇パーセントを控除し、ライプニッツ方式によつて年五分の割合による中間利息を控除して同人の逸失利益の現価を算出すると、次の計算式のとおり、二二七五万〇四四四円となる(ただし、一円未満は切り捨てる。)。

(計算式)

二五五万九九六九×〇・五×一七・七七四〇=二二七五万〇四四四(一円未満切捨て)

(四) 死亡慰藉料 一五〇〇万円

(五) 相続

原告は、和夫の母であり、同人の死亡により、同人の有する右損害賠償請求権の全額三八五四万四六一九円を相続した。

(六) 弁護士費用

被告が右損害賠償を任意に支払わないため、原告は、本件訴訟の提起及び遂行を原告代理人に依頼し、その報酬として損害額の一割を原告代理人に支払うことを約したが、右は本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害である。

4  結論

よつて、原告は、被告に対し、本件事故による損害賠償として三八五四万四六一九円及び弁護士費用の一部である一五〇万円の合計四〇〇四万四六一九円並びにこれに対する本件事故の日ののちである昭和六〇年六月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実のうち、和夫の受傷部位を除き認める。和夫の受傷部位については知らない。

2  同2(責任原因)の事実のうち、被告が加害車を所有し、これを清水に使用させていたものであることは認める。

3  同3(損害)の事実は知らない。

三  抗弁(免責)

本件事故は、和夫が自ら運転する被害車の運転操作を誤つた過失によつて発生したものであり、加害車を運転していた清水には何ら過失はなく、加害車にはブレーキ、ハンドルその他構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたから、被告は自賠法三条による損害賠償責任を負わないというべきである。なお、この点を敷えんすると次のとおりである。

1  和夫の運転操作上の過失

清水は、陸上自衛隊第一施設団第三施設群第三〇三施設中隊所属の陸士長であるところ、昭和六〇年六月二七日午前七時一五分ころ、東富士演習場において実施された昭和六〇年度第三施設群訓練検閲の終了に伴い座間分屯地に帰隊するべく、同中隊所属の訴外大井康光二等陸曹(以下「大井」という。)を助手席に同乗させて加害車を運転し、中隊長訴外池野勝良一等陸尉が指揮する一〇両編成の車両梯隊の第二号車として同演習場を出発した。

そして、清水は、加害車を運転して神奈川県足柄上郡松田町の市街を通過し、川音川に沿つて本件道路を秦野市方向に北上したが、そのころから走行していた上り車線が車両渋滞の状況となつたため、同日午前八時一五分ころ、時速約五キロメートルから一〇キロメートルくらいの徐行運転で本件事故現場のT字型交差点付近に差し掛かかり、前方の信号機の赤色信号に従つて右交差点手前で一旦停止したのち、青色信号に変わつたのを認めでアクセルを踏み込み再び発進加速した。ところが、その直後、通行が禁止されている本件道路上り車線左側の路側帯を時速約四〇キロメートルの速度で走行し、渋滞のため上り車線内を同一方向に徐行進行中の前記陸上自衛隊車両梯隊を追い抜いてきた和夫運転の被害車が、降雨後のためその半分が泥で覆われぬかるみ状態であつた前記路側帯でスリップしてハンドル操作を誤り転倒し、加害車の左前輪と後輪の間(接地点間距離約三・二二メートル)のサイドガードと地面との約四三センチメートルの間に仰向けに投げ出され、その後輪によつて腰部及び腹部を轢過されたものである。

3  清水の運転操作上の無過失

清水は、本件事故現場の前方の前記交差点に設置されていた信号機が青色を示したため、前方を注視しつつ先行する民間車両に続き加害車を発進加速中のところ、左後方で何かの金属音を聞き、同じ音を聞いて車窓から左後方を見て加害車より二、三メートル後方付近でふらつき倒れそうになつている被害車を発見した助手席の大井から、「後方車両事故止まれ」と指示されて直ちにブレーキを踏んだが間に合わず、和夫を左後輪で轢過して停止した。

清水が赤色信号のため一旦停止したのち再び発進した時点では加害車と被害車とは約二一メートル離れており、特に被害車の運転進行につき転倒の危険を予想させる事態は生じていなかつたし、加害車が発進した地点から大井の停止指示に基づきブレーキを踏んだ地点までの距離は一六・二メートル、また、清水がブレーキ操作をした地点から加害車の停止地点までの距離が八・七メートルであるところ、右制動距離から推測して加害車のブレーキが操作された時点の速度は速くても時速二五キロメートルを越えることはないとしても、加害車が青色信号に従い発進加速してから停止するまでに要した時間はわずか数秒にすぎない。加えて、本件事故当時、清水は、青色信号に従い発進加速するため前方に注意を集中する必要もあつたのであるから、かかる状態において、右のような短い時間に、通行を禁止されている路側帯を時速約四〇キロメートルで進行してくる被害車がスリップして転倒する事故を予測し、その回避のため減速停止等の措置を採ることを期待することは不可能であつた。

また、清水は、路側帯を進行してくる被害車の運転の妨げとなるような加害車の運転はしていないし、加害車の騒音は、道路運送車両の保安基準と比べて加速騒音において六ホン高いにすぎず、発進時にとりわけ大きく、そのために自動二輪車の運転手が驚いて転倒する危険を生ぜしめるようなものではない。

四  抗弁に対する認否及び主張

1  本件事故当時、本件事故現場付近の本件道路の松田方面から秦野方面へ向かう車線が渋滞しており、加害車の前方に民間自動車が、後方には数台の自衛隊の大型トラックが走行していたこと及び加害車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

2  清水は、本件事故当時、異常に大きな音を出す加害車を運転中であつたところ、本件事故現場付近の本件道路が渋滞中であつたうえ、青色信号による発進直後であるため速度も比較的遅かつたので、自転車や自動二輪車などが加害車を追い抜いて行くことが予想され、また、自転車や自動二輪車などは四輪自動車に比較すると安定が悪いのみならず、加害車の発進時にはとりわけ大きな音を出すためそれに驚いた自動二輪車などが転倒する可能性も高かつたのであるから、サイドミラー等により後続の自動二輪車などの有無を確認すべき義務があつたほか、進路前方を注意すべき義務があつたにもかかわらず、これらの義務を怠り漫然と走行した結果、和夫が加害車の前方に転倒したのを発見することができず、ブレーキを踏むのが遅れ、前輪及び後輪で和夫を二度轢過したものである。

3  被告は、和夫が加害車の前輪と後輪の間に投げ出されたと主張するが、加害車の前輪と後輪との車軸間距離は約三・二五五メートルであり、その間には荷台より下方にサイドガードが取り付けられているため、そのサイドガードと地面との間は約四〇センチメートルしかない一方、和夫は身長一六九・四センチメートル、体重五六・五キログラムの体格であり、本件事故当時長さ三二センチメートル、幅二六センチメートル、高さ二八センチメートルのヘルメットをつけていたから、その身体が加速中の加害車の前輪と後輪との間の狭い透き間にうまく倒れ込むことなど不可能である。また、本件道路の幅員は路側帯を含めて約四・七メートルであるのに対し、加害車の横幅は約二・四一メートルであるから、本件事故当時加害車と被害車とは非常に近接しており、仮に被告が主張するように和夫が加害車の前輪と後輪との間に転倒したとすれば、被害車は転倒する以前に加害車に寄り掛かり接触せざるを得ないが、加害車にはそのような接触の痕跡もないのである。

したがつて、被告の右主張が事実に反することは明白である。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は、和夫の受傷部位を除き当事者間に争いがなく、また、同2(責任原因)の事実のうち、被告が加害車を所有し、これを清水に使用させていたものであることも当事者間に争いがないから、被告は、自賠法三条にいう自己のために自動車を運行の用に供する者であるというべきである。

二  そこで、次に被告の免責の抗弁について判断する。

1  右争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲第一号証、第六号証及び第一〇号証、証人鳥海千枝子の証言により昭和六一年一〇月一六日に高村隆司が本件事故現場付近を撮影した写真であることが認められる甲第一一号証、弁論の全趣旨により昭和六〇年八月二四日に木村茂幸が本件事故現場を撮影した写真であることが認められる甲第一一号証、弁論の全趣旨により昭和六〇年八月二四日に木村茂幸が本件事故現場を撮影した写真であることが認められる甲第九号証、証人清水正彰の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証及び第六号証の一、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第七号証及び第八号証及び乙第五号証の一、第九号証及び第一〇号証、証人清水正彰及び同鳥海千枝子の各証言(ただし、証人鳥海千枝子の証言については、後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  本件加害車は、陸上自衛隊の使用に供されていた三・五トントラツク作業装置付と呼ばれる車両重量七五〇〇キログラム、最大積載量五〇〇〇キログラム、全長七・一九メートル、全幅二・四一メートル、全高三・三五メートルのクレーン付大型貨物自動車であつて、前輪一軸、後輪二軸の各車軸に直径約一・〇三メートルのタイヤが左右各一個ずつ装着されており、前輪タイヤと後輪タイヤとの約二・二八メートルの間の両側下部に細い三本の鉄棒で造られた長さ約一・八三五メートルの歩行者巻き込み防止用サイドガードが取り付けられ、その最低地上高は前端部で約三九・五センチメートル、後端部で約四四センチメートルである。

(二)  一方本件被害車は、車長二・一メートル、車幅〇・七メートル、車高一・〇六メートル、排気量二五〇CCの自動二輪車であり、これを運転していた和夫は、本件事故当時身長約一七〇センチメートル、体重約五六キログラムの体格で、長さ約三二センチメートル、幅約二六センチメートル、高さ約二八センチメートルのヘルメツトを頭部に装着していた。

(三)  本件事故現場は、神奈川県足柄上郡松田町寄一丁目一番地先の寄一丁目T字型交差点から約三〇メートル松田町方向へ寄つた国道二四六号線上り線上であり、右国道にはセンターラインによつて区分された上下各一車線の車道と下り車線の外側に歩道が設置されているが、上り線側には歩道が設けておらず、幅員約四メートルの車道の外側に白線で車道と区分された幅約九〇センチメートルの路側帯が設けられているだけである。

本件道路の路面は、路側帯の部分を含めてアスフアルトによる舗装が施されているが、上り線側車道から下り線側歩道の縁石までの路面はほぼ平坦であるものの、上り線側路側帯部分は、車道との境界線付近から外側に緩やかな下り斜面となつており、更に、本件事故当時、本件事故現場から松田町(下り)方向へ約三〇メートル寄った地点までの右路側帯の外側部分は、幅約八〇センチメートルにわたつて路外からの湿つた土砂に覆われてぬかるみ状態となつていた。

また、前記交差点には横断歩道が設置され信号機による交通整理が行われているほか、本件道路には、最高速度時速四〇キロメートル、駐車禁止、追越しのための右側部分はみ出し通行禁止の各交通規制が実施されている。本件事故現場付近の本件道路はほぼ直線状でその幅員にも変化はなく、進路前方に対する見通しも良好である。

(四)  清水は、昭和五八年一〇月から陸上自衛隊第三施設群第三〇三施設中隊に所属する自衛官であり、第一種大型自動車、大型特殊自動車、牽引及び自動二輪の各免許を保有する車両操縦士として、第一種大型自動車の運転経験を約五〇〇〇キロメートル、本件加害車の運転経験を約五〇〇キロメートル有していた者であるところ、昭和六〇年六月二七日午前七時一五分ころ、前日まで東富士演習場において実施された訓練検閲を終え、宿泊所である滝ヶ原厰舎から所属基地である座間分屯地に帰隊するべく、同中隊所属の大井二等陸曹を車長として加害車の助手席に同乗させたうえ、同中隊長池野勝良が指揮する一〇両編成の車両梯隊の第二号車として前記厰舎を出発した。

(五)  清水運転の加害車は、松田町の市街を通過し、川音川に沿つて本件道路上り車線を秦野市方向に北上したが、松田町の市街に入つたころから走行していた上り車線の車両が渋滞気味となつたため、同日午前八時過ぎころ、徐行状態のまま本件事故現場付近に差し掛かり、進路前方の前記交差点の信号機の赤色表示に従い先行する民間車両に続き右交差点の約五〇メートル手前で一旦停止した。清水は、その直後右信号が青色表示に変わつたのを認め、左右のサイドミラーで加害車の後方を確認したのち本件道路を直進すべく再び加害車を発進加速したところ、間もなく、加害車の後方でブリキ製の一斗罐を車が踏み潰したような金属音がしたため、荷台から訓練資材が落下したのかもしれないと感じて再び左右のサイドミラーで加害車の後方を見たが、何も発見できなかつた。ところが、清水と同時に右金属音に気がつき助手席の窓から顔を出して加害車の後方を確認した助手席に同乗中の大井が、慌てて清水に対して加害車を停止するように指示したため、清水は、その指示に従い加害車に通常のブレーキ操作をしたが、その直後、加害車の左後輪で和夫を轢過し、ブレーキ操作をした地点から約八・七メートル、轢過地点から約五・七メートル進行して停止した。その間清水は、被害車の存在に全く気がついていなかつた。

(六)  一方、和夫運転の被害車は、本件道路上り車線を加害車と同一方向に向けて進行し、本件事故現場付近に差し掛かつた際、車両渋滞中のうえ赤信号のため車道上を四輪車が数珠つなぎの状態で停止または徐行中であつたことから、本件道路上り車線左側の路側帯を走行して上り車線車道内を渋滞中の車両を次々と追い抜いていたところ、本件事故現場の約二〇メートル手前の地点で前記路側帯を覆つていた土砂にタイヤがスリップしてバランスを失い、被害車に乗車したまま加害車の左後方で転倒して加害車の左前輪と後輪の間のサイドガードと地面との間に投げ出され、その後輪によつて腰部及び腹部を轢過され、骨盤骨折、横隔膜断裂等による腹腔内出血により死亡した。

以上の事実が認められる。

なお、原告は、和夫は加害車の発進時の大きな騒音に驚いたために転倒したものであると主張するが、成立に争いのない乙第七号証の七及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第八号証によれば、加害車の騒音は、道路運送車両の保安基準と比らべて加速騒音において六ホン高いにすぎず、発進時の騒音のために自動二輪車の運転手が驚いて転倒する危険を生ぜしめるようなものではないことが認められるうえ、前揚甲第六号証によれば、本件事故の実況見分の立会人である坂田安三及び茂木修一がいずれも被害車がふらついた地点として指示した地点から、被害車が転倒した地点として指示した地点までの間の前記路側帯を覆つていた土砂上に、約一〇・七メートルにわたつて明瞭なタイヤの滑り痕があつたことが認められ、右事実に前記認定のように車道から路外に向かつて緩やかに下り勾配になつている右路側帯の形状を合わせ考えると、被害車が転倒した原因は、和夫が、湿つた土砂が斜面を覆つているという路面状態の前記路側帯に被害車を強引に乗り入れたためであり、加害車の騒音とは何ら関係がないと認めざるを得ない。

また、原告は、和夫は加害車の前方に投げ出されその前輪と後輪で二度轢過されたものであると主張し、証人鳥海千枝子もその旨証言するが、前揚甲第六号証及び証人清水正彰の証言によれば、加害車の左後輪一軸のタイヤ裏側に泥の払拭された跡が長さ二六センチメートル、幅一〇センチメートルにわたつて印されていたのに対し、前輪にはそのような払拭痕は見られなかつたことが認められるうえ、前記認定の加害車の前輪と後輪との間隔、サイドガードの最低地上高、和夫の体格及び同人が装着していたヘルメツトの大きさに照らすと、和夫が右ヘルメツトを装着したまま加害車の前輪と後輪との間に投げ出され、その際サイドガードに接触痕を残さなかつたとしても何に不合理ではないこと、前揚甲第六号証によれば、本件事故当時加害車の後続車は加害車の約一〇メートル後方を走行しており、その際の加害車と被害車との位置関係から考えて被害車は加害車の後方で転倒したものと認められるから、加害車に被害車の転倒による接触痕が残されていなかつたとしても何ら矛盾はないこと、前揚乙第一〇号証によれば、本件事故についての各種新聞報道は、いずれも和夫が加害車の後輪によつて轢過されたものと報道していることが認められることなどに清水証人の証言を総合すると、和夫が加害車の前輪と後輪との間に投げ出されその後輪によつて轢過されたとする前記認定に反する鳥海証人の右証言部分はたやすく信用することができない。

他に前記(一)ないし(六)の認定を覆すに足りる証拠は見いだせない。

2  そして、前記認定事実によれば、清水は、進路前方の青色信号に従い加害車を再び発進加速した際、車道外側の路側帯を進行してきた被害車が加害車の左後方で転倒したことに気づかず、加害車の左前輪と後輪との間の路上に投げ出された和夫を轢過したものであるが、赤信号のため一旦停止したのち再び発進するに際しては、自動車の運転者としては、一般的に自車の進路前方及び側方の安全を確認すべき注意義務があるとはいえ、自車の進行方向を変更したり又は道路幅員が狭くなるなどして自車側方の路面空間が狭まることが予想されない場合である限り、自車の左後方に接近中の自動二輪車が転倒してその運転者が前輪と後輪との間に投げ出されることのあり得ることを予想し、自車の側方を注視しなければならない注意義務まではないというべきである。したがつて、本件事故直前、清水は、加害車を再び発進する際にサイドミラーで加害車の側方を見たものの、被害車の存在に気づかなかつたことは既に認定したとおりであるが、同人は加害車を直進させるべく発進加速したにすぎず、格別その進路を変更したものでないことは前記認定のとおりであるから、その後加害車の側方に注意を払わず被害車の転倒に気づかなかつたことをもつて清水の運転操作上の過失と認めることはできないといわざるを得ない。

また、清水が加害車の後方で金属音を聞いた直後に制動措置を取らなかつたことも既に認定したとおりであるが、同人がそれまでに加害車の周囲の車両の走行状態に何らの異常を感じておらず、右金属音を聞いた直後にサイドミラーで加害車の後方を確認した時も異常を認めなかつたことに照らし、同人の過失として認めることは相当でない。

更に、清水が大井から加害車を停止するよう指示された際に急制動の措置を取らず通常制動の操作をしたにすぎないことも前記認定のとおりであるが、仮にこの時点で急制動の措置を取つていたとしても、加害車の左前輪と後輪との間に投げ出された和夫を轢過することなく停止することはできなかつたものと認められるから、いずれにしても、清水には、原告の指摘する過失はなかつたものというほかはなく、他に同人が注意義務を履行することによつて本件事故の発生を回避し得たと認められる事情は一切存在しない。

そうすると、本件事故当時、加害車を運転していた清水及び同人に加害車を運転させていた被告には、本件事故発生に関し過失はなく、本件事故は和夫の一方的な過失によつて発生したものというべきところ、加害車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことは当事者間に争いがないから、結局被告の免責の主張には理由があるものといわなければならない。

三  以上のとおり、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないのでこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤 宮川博史 潮見直之)

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